『第15回ARGカフェ&ARGフェスト@京都』参加報告

「Publish or Perishでいいの?教育と研究の良性循環に向けて」

2012年2月26日に開催された『第15回ARGカフェ&ARGフェスト@京都』( http://www.arg.ne.jp/node/7192 、主催:アカデミック・リソース・ガイド株式会社) に参加してきました。ここでは持ち時間5分のライトニングトークのコーナーがあり、私も登壇したのですが、全世界にUSTREAM配信、永久にアーカイブされる予定だったところ、USTREAMの調子が悪く、私の話の途中で音声と映像のタイミングが合わなくなり、とうとう配信が途切れてしまいました。さらに運の悪いことに、録画もきちんとできていなかったようです。実に残念!

持ち時間が5分ということで、当日の発表ではかなり端折ったところが多かったのですが、いくつか内容を補いながらこのライトニングトークで自分が伝えたかったことを、当日のスライドを画像化したものを使いながらまとめてみます。(残念ながら当日の臨場感まで表現できるほどの文章力はありません…。)

発表タイトルは「Publish or Perishでいいの?教育と研究の良性循環に向けて」です。

この発表の結論はスライドの通りですが、Publish or Perishの代わりに、また教育と研究の良性循環のために、そして文系の研究者が世の中を変えるためには「キャズム超え」を目指す必要があると考えています。

Publish or Perishとは「研究業績を出しなさい、そうでなければ消えてしまいなさい」という意味で、研究者なら一度は耳にしたことがある言葉だと思います。私自身は別にこの言葉そのものに反対するわけではありません。研究しない研究者を放置しておくわけにもいきませんし、今後も含め研究者に発破をかけるという意味でも必要な言葉だと思います。

ただ、その一方で、この言葉の勢いに乗って一生懸命頑張って研究業績を出したとしても、今の時代、情報の海に沈没してしまうことも決して少なくないと思います。具体的に言えば、論文を書いても読んでもらえない…、発表しても聴いてもらえない…、そして世の中な〜んにも変わらない…といったことがよくあるのではないでしょうか。

情報爆発などという言葉もありますが、例えば「文明の夜明けから2003年までの間に作り上げられた情報量と同じ量の情報が2日ごとに作られ、そのペースは日に日に速まっている」という言説があります。(孫引きの要約。出典は『キュレーション コンテンツを生み出す新しいプロフェッショナル』(ローゼンバウム著、プレジデント社)p.23)

また、昔に比べると、研究業績1件あたりの価値も徐々に下がってきているということも言えるのではないでしょうか。50年前の大学医学部を舞台にした長編小説に『白い巨塔』という作品がありますが、ここでは主人公である医学部教授が国際学会で発表するために渡航する直前に「新聞社から、先生の発表論文の内容を問い合わせてきましたら、どうお答えしておけばよろしいでしょうか」と尋ねる部下の発言が出てきます(第2巻14章)。

今の時代、どんなに有名な大学のトップクラスの教授でも、よっぽどの大発見でない限り、海外での口頭発表が事前に新聞社から取材されるなんてことはあり得ないでしょう。(ちなみにこの主人公の教授は海外での発表に伴った「外遊」で1ヶ月半もの間、現地に滞在し、しかも医局員全員と婦長以下5名の看護婦が出発の見送りに伊丹空港まで出向く、そして国際線乗り継ぎの羽田空港にも6名の部下が見送りに行くという予定が書かれています…すごい時代ですね。)

次に「キャズム」についての紹介です。これは図の右側の赤い表紙の本で紹介されているマーケティング理論に由来するものです。日本語版は1999年の改訂版をもとに2002年に翔泳社から出版されていますが、特にハイテク業界の今後の動向を占うという意味で非常に注目が集まっている本で、大きな書店なら今でも平積みで売られていることさえあります。

図中にも出典がありますので、詳しくはこちらで見ていただきたいのですが、新製品や新技術を広めるにはただ宣伝するだけではダメで、矢印のところにある隙間(キャズム)を乗り越えることができるかどうかによって、それが普及するか、それとも一部のマニアに支持されるだけで終わってしまうかが決まってしまうそうです。

ちなみにWikipediaの「キャズム」の説明では、次のように書かれています。

イノベーター(innovators):新しい技術が好きで、実用性よりも新技術が好きな人。オタク。
アーリー・アドプター(early adopters):新しい技術によって、競合相手などを出し抜きたいと思っている人々。
アーリー・マジョリティー(early majority):実用主義で役立つなら新しい技術でも取り入れたいと思っている人など。
レート・マジョリティー(late majority):新しい技術は苦手だがみんなが使っているなら自分も使わなければと思う人たち。
ラガード(Laggards):新しい技術を嫌い、最後まで取り入れない人々。

注:書籍では「アーリー・アドプター」と書かれていますが、図の出典では「アーリー・アダプター」となっています。忠実に表記するなら「アーリー・アドプター」でしょうけど、「アーリー・アダプター」の方がGoogleでのヒット件数は多いです。本記事では中黒(・)の有無も含め、区別せず同じ物を指しています。

でも、こういう考え方は、Publish or Perish や、教育と研究、そして文系の研究者のあり方にも関係するんじゃないかな?と思っています。

このような時代の文系の研究者の「生き残り方」をキャズム理論で考えるとこんな感じでしょうか。

従来、研究者はイノベーターでした。新しいことを考えることが研究者の仕事だったわけです。そしてそれをPublishすることで、アーリーアダプターを獲得することができました。しかし今の時代はここで情報の海と戦わなければなりません。この勢いに負けてしまうと、図の下の方のコースをたどることになりますが、目立たない研究となり、事業仕分けの餌食、バッドエンドとなってしまいます。

うまい具合にある程度までアーリー・アダプターの獲得に成功したとしましょう。でもそこにはキャズムが待っています。そしてこれを超えられず、目立たない研究となり、結局は事業仕分けの餌食、バッドエンドとなってしまう。残念です。

どのみちバッドエンドなら「そうだ!教育だ!」という方向に向かうべきじゃないのかな、と思います。

ただしここで言う「教育」とは、必ずしも学校教育という意味ではありません。もっと広い意味で捉えるべきものであると考えます。

ここからいろんなことが言えますが、とりあえず希望を3つだけ挙げておきます。

まず、これまではイノベーターという役割しかなかった研究者ですが、新しいことだけを追求するのではなく、アーリー・アダプターとしての研究者がもっと増えてもいいんじゃないかな、と思います。つまり他人の業績を広報すること、これも広義の「教育」に含まれると思いますが、こうした研究者の取り組みも評価されるような世の中になるべきじゃないかな、と思います。何しろキャズムは手強いです。みんなが一致団結してキャズム超えを目指さないと、事業仕分けが待っています。

次に、一つ目の点とも関連しますが、Publish or Perish ではなく、Publish or Practice という観点があっても良いのではないでしょうか。本来は韻を踏むべきところですので少々気に入りませんが、ぴったりの言葉を思いつきませんでした。ともあれ、研究しなさい、そうでなければ過去の膨大な先行研究を紹介する仕事をしなさい、という方向性にももっと価値を見いだされるべきじゃないかと思うのです。何しろキャズムは手強いです。みんなが一致団結してキャズム超えを目指さないと、事業仕分けが待っています。

最後に、ちょっと論点がずれるかもしれませんが、これまでは研究は大学教員を中心とした仕事だったわけですが、中学校や高校の先生方にも研究者マインドを持ってもらうことで、アーリー・アダプターやアーリー・マジョリティになって欲しいと思います。私も高校教員の経験がありますので、現場が忙しすぎることは十分理解しているつもりです。しかし何しろキャズムは手強いです。みんなが一致団結してキャズム超えを目指さないと、事業仕分けが待っています。

ちょうどこの発表の直前に、静岡県教育委員会が募集した「オーバードクター等活用事業」に、定員の2倍以上が応募したというニュースがありました。( http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20120224-OYT8T00537.htm ) まだまだこういう動きはあまり目立っては行われていないようですが、中学校や高校にもオーバードクター水準の専門的な知識を持った人が積極的に関わっていく必要性があると思います。オーバードクターの方々にしてみればどちらかといえばまだまだ消極的な進路選択なのかもしれませんが、少しずつ世の中の考え方も変わっていって欲しいな…と思います。

最後に、改めて結論です。

キャズム超え、目指したいですね。

発表スライドの本体は http://dl.dropbox.com/u/14905265/%E7%AC%AC15%E5%9B%9EARG%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%A7LT%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%89%EF%BC%88%E7%A5%9E%E8%B0%B7%EF%BC%89.pptx に置いてあります。ご自由にお使い下さい。